幽霊の日とはどんな日?制定された由来や意味とは!?
2016/05/27
夏の風物詩といえば、花火が打ち上がる音や一生懸命鳴いている蝉、澄み渡る青い空に黙々と現れる入道雲、ビルの屋上で開催される夏季限定のビアガーデンなどたくさんありますが、夏といえば「ホラー」を忘れてはいけませんよね!
最近では放送局も減少して来ましたが、かつて日本では夏になると幽霊や怪奇現象をテーマにした心霊番組が民放各局で放送され、ひんやりとした夏の夜を楽しんでいた方も大勢いました。
今では過剰な演出や製作費、クレームなどの関係から民放各局では放送を控えざる得ないのですが、情報収集能力に長け、1番組にかける予算額が民放よりも多いNKHでは、毎年心霊番組が放送されています。
さて、心霊番組といえば、忘れてはいけないのが幽霊の存在です。
幽霊といえば、死者が現世に未練や遺恨があるため成仏できずに生前の姿で彷徨っているものですが、なんと不確定要素抜群の幽霊に、なんと「幽霊の日」という記念日が制定されていることをご存知ですか。
とてもマイナーな記念日のため、ご存知無い方も大勢いらっしゃると思いますが、今回は真夏の夜をひんやりさせてくれる「幽霊の日」についてご紹介したいと思います。
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幽霊の日の由来や意味とは?
幽霊の日は、モルジブやリベリアの独立記念日や弘法大師が日光山を命名した日光の日と同じ7月26日となっています。
幽霊の日が7月26日に制定された由来は、1825年7月26日に江戸にある中村座にて四世鶴屋南北作「東海道四谷怪談」が初演されたことにちなんで制定された記念日です。
東海道四谷怪談は、奇想の舞台構成と煽情的な作風で人気を集めた四世鶴屋南北の傑作です。歌舞伎脚本の五幕であるこの作品は、生世話物であり、当時の下層社会に生きる人々のリアルな生き様が描かれています。
この作品は、ある落ちこぼれ浪人一家の欲望や愛情、男女の弱さが絶妙に絡み合う怪談劇ですが、忠臣蔵の裏で進んでいたもう1つの仇討物語であり、討入が全ての終着点となっています。
平成25年7月に中村染五郎さんと尾上菊之助さんらによって歌舞伎座にて「東海道四谷怪談」が単独で上演され、様々なトリックをふんだんに使った観客を魅了したそうです。
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東海道四谷怪談ってどんな物語なの?
「四谷怪談」の愛称で親しまれている東海道四谷怪談ですが、どのような物語なのかご存知無い方も大勢いらっしゃるかと思いますので、どのような物語なのかちょっぴりご紹介したいと思います。
【四谷怪談】
典型的な色悪こと民谷伊右衛門が、私欲に迷って内縁関係にあったお岩に対し、伊藤喜兵衛らと共に非道な仕打ちをし、多く人々を恨みながら亡くなります。
そして、伊右衛門はお岩の亡骸を川へ流してしまいます。
しかし、身勝手極まりない伊右衛門らに対するお岩の怨念は凄まじく、幽霊となって伊右衛門や彼に関わる人々を苦しめ、追いつめてゆくのです。
四谷怪談では、毒薬によって醜い顔となってしまったお岩が下座音楽の「独吟」の流れる中、髪を梳くシーンは、お岩の悲しみと恨みを表現であり、「髪梳き」と呼ばれ、髪を梳くたびに抜け落ちる壮絶な場面となっています。
四谷怪談では、幽霊となったお岩を表現するための仕掛けがたくさん用意されており、「戸板返し」は2役を1人でこなすための仕掛けとなっており、お岩の幽霊が燃え盛る提灯から登場する「提灯抜け」や仏壇の中に人を引き入れる「仏壇返し」などは息を呑むシーンとなっています。
他にも暗闇の中で探り合う歌舞伎独特のシーンは「だんまり」と呼ばれ、「隠亡堀の場」の幕切れ近くで伊右衛門・直助権兵衛・与茂七らが無言で探り合う場面は目が離せません。
東海道四谷怪談には、数多くの見所がございますので、興味を持たれた方は、1度足を運んでみてはいかがでしょうか。
まとめ
今回は7月26日の幽霊の日についてご説明させて頂きましたが、いかがでしたでしょうか。
最近ではインターネットやDVD、Blu-ray Discなどが普及し、専用のソフトさえあれば、誰でも気軽に心霊写真や動画を作れるようになりました。そのため、ホラーに対してのドキドキ感やハラハラ感などが薄れており、日本の夏の風物詩である心霊番組も様々な理由から衰退しております。
ですが、ホラー映画やホラーゲームなどは今でも人気が高く、今では程よい恐怖は脳の快楽処理に密接に関係しているという研究報告もされており、今注目が集まっています。
今年の幽霊の日は家族や恋人、お友だちと共にホラー映画やゲームなどで盛り上がってみてはいかがでしょうか。
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